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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)345号 判決 1953年12月24日

福島県若松市大町一ノ町二二番地 佐野平八郎方

上告人

斎藤馨

右訴訟代理人弁護士

勅使河原直三郎

同県同市同町名子屋町一番地

被上告人

鈴木忠夫

右当事者間の家屋明渡請求事件について、仙台高等裁判所が昭和二四年一〇月一四日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告訴訟代理人勅使河原直三郎の上告理由第一点について。

昭和二四年七月二九日の原審最終口頭弁論に関与した裁判官が村木達夫、松村美佐男、猪狩真泰の三判事であり、原判決に署名捺印した裁判官も亦右と同じ三判事であることは記録上明らかである。従つて原判決はその最終口頭弁論に関与した裁判官によつてなされたものと認め得るから、原判決には所論のような違法はなく、論旨は採るを得ない。

同第二点について。

判決の言渡が適式になされたか否かは、口頭弁論の方式に関する規定遵守の問題であり調書によつてのみ証することができる。然るに昭和二四年一〇月一四日の原審口頭弁論調書によれば、右期日に開かれた公開法廷において原判決が言渡されたことを認め得る。されば原判決が公開法廷で言渡されなかつたことを云為する論旨は採用し得ない。

同第三点について。

借家法一条の二による解約の申入に正当の事由があるか否かは、右申入の効力発生当時における事情に従つて判断すべきであつて、爾後に生じた事情の如きはこれを斟酌すべきものでないことは勿論であり(昭和二五年(オ)第一二〇号、同二八年四月九日当小法廷判決参照)しかも原判決が昭和二三年五月六日になされた本件解約申入に正当の事由なきものと判示するに当り論旨の指摘するような昭和二四年四月以降の事情を判断の一資料としていることは所論のとおりである。従つてこの点において原判決は失当たるを免れ得ないのであるが、原審がその判断の基礎とした認定事実の全体を通観すれば所論昭和二四年四月以降の事情は極めて軽微な情況の一に過ぎないのであつてこれを除外しても本件解約申入に正当事由なきものとした原判旨の結論に消長を来たすものとは認められない。それ故所論の違法は原判決の主文に影響なきものといわざるを得ないのであつて、論旨は理由なきものである。

同第四点について。

記録によれば本訴請求は上告人が被上告人との間に存する係争家屋の賃貸借につき解約の申入をなしたことを原因として該家屋の明渡を求めるものであり、右賃貸借に期間の定めがなかつたことは当事者間に争なき事実であつたのである。されば原審が本件賃貸借に期間の定めがありその更新がなされたか否かについて判断を与えなかつたとしてもこれを違法視することはできない。それ故論旨は理由がない。

同第五点について。

原審が認定した事実関係によれば、本件解約申入に正当の事由なきものとした原判旨は首肯し得るのであつて原判決には所論のような違法はない。論旨は事実誤認、それを前提とする法令違反を主張するに帰し、上告適法の理由に当らない。(若松市がいわゆる戦災都市でないことは顕著な事実であるが非戦災都市であるがためにまた戦時中戦災を蒙る可能性の低かつた都市であつたがために却つて急激に居住人口の増加を来し一層家屋の払底を招来したものであることは容易に推断し得るところであつてこの点につき原判決には何等所論のような違法はない。次に本訴提起前若松簡易裁判所に申立てられた家屋明渡の調停、第一審裁判所における和解がいずれも成立に至らなかつたことは当事者間に争ない事実ではあるが、その不成立が被上告人に誠意なく協調の精神を欠いたことに起因するものとは速断し得ないのであり却つて原審認定の事実関係によればむしろ被上告人に誠意のあつたことが窺い知ることができるのである。)

同第六点について。

原審は所論のように本訴請求の全部が失当であるから従つてその一部の請求も亦当然に失当であると判断したものではなく、判示認定事実に基ずいて当事者双方の事情を斟酌しても、なお上告人主張にかかる係争家屋の一部について本件賃貸借を解約するにつき正当の事由がない旨判示しているのである。そして原審認定の事実、殊に係争家屋の構造、利用状況、当事者の職業等を考慮すれば、原審の右判断は首肯し得るのであつて原判決には所論のような違法はない。論旨は採るを得ない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔)

昭和二四年(オ)第三四五号

上告人 斎藤馨

被上告人 鈴木忠夫

上告代理人勅使河原直三郎ノ上告理由

第一点 民事訴訟法一八七条ニ依レバ判決ハ其ノ基本タル口頭弁論ニ関与シタル判事之ヲ為スベキモノナルトコロ、本件原審ノ最終口頭弁論ニ臨席シタル判事ハ村木達夫、松村美佐男、猪狩真泰ノ三名ナルコト原審昭和二四年七月二九日ノ口頭弁論調書ノ記載ニ依リ明白ナルニ拘ラズ、判決ヲ為シタル判事ハ谷本仙一郎、松村美佐男、猪狩真泰ノ三名ナルコト記録編綴ノ原判決正本並ニ訴訟代理人ニ送達セラレタル判決正本ノ記載ニ徴シ明ナリ。然ラバ原判決ハ民事訴訟法ノ根本原則ニ反スル不法ノ判決ニシテ、当然破毀セラルベキモノト信ズ。

第二点 原判決ハ法廷ニ於テ言渡サレタルモノニ非ズ。原審ニ於テハ判決ノ言渡ヲ為スニ当リ之ヲ法廷ニ於テ為スコトナキ為、訴訟関係人ハ書記課ニ赴キ判決ノ結果ヲ聞クヲ常トス。而シテ書記課ニ於テハ書記ガ判事室ニ赴キ之ヲ聞取リタル上、訴訟関係人ニ之ヲ告グルヲ例トセリ。即チ原裁判所ニ於テハ判事室ナル秘密ノ室ニ於テ裁判所書記ノミニ対シ判決言渡ヲ為スモノニシテ、本件判決ノ言渡モ亦此ノ常例ニ洩レズ。凡ソ判決ハ公開ノ法廷ニ於テ為スベキモノナルニ拘ラズ、此ノ如キハ未ダ判決ノ言渡ナキモノニシテ判決成立セズ。尤モ原審口頭弁論調書ニハ公開ノ法廷ニ於テ言渡ヲ為シタル旨ノ記載アレトモ、全然虚偽ノ記載ナリ。然ラバ原判決ハ未ダ成立セス判決ヲ為サザルニ等シキモ、形式上判決ナルモノ存在スルヲ以テ固ヨリ破毀ノ理由存スルモノト信ズ。

第三点 上告人ハ本件訴状ノ送達ニ依リ本件賃貸借ノ解約ノ申入ヲ為シタルモノニシテ該賃貸借ハ夫レヨリ六ケ月ヲ経過シタル昭和二三年一一月六日満了シタル旨主張シタルコト第一審判決ノ事実摘示ニ依リ明ナリ。而シテ賃貸借ノ解約ノ申入ガ正当ノ理由アリヤ否ハ、解約申入当時ノ情態ニ依リ判断スベキモノニシテ、事後ノ事情ノ変化ハ解約申入ノ効果ニ何等ノ影響ナキモノト言ハザルベカラズ。通常ノ場合ニ於テハ口頭弁論終結当時ノ状況ニ従ヒ判断スベキモノナルモ本件ノ場合ノ如ク賃貸借ノ解約申入ガ正当ナリヤ否ノ判断ハ果シテ解約ノ申入ガ効力ヲ発生シタリヤ否ノ判断ニシテ既ニ過去ノ事実ニ属スルヲ以テ、口頭弁論終結当時ノ事情ヲ比附援引シテ其ノ当否ヲ決スルカ如キハ誤レルノ甚シキモノト言ハザルヲ得ズ。然ルニ原判決ハ被上告人ハ昭和二四年四月ヨリ運送店ノ代理業ヲモ営ミ店員四、五名モ働キ居リ現在ノ店舖ハ寧ロ手狭ナルコトガ認メラルル旨認定シ、上告人ノ解約ノ正当ナル理由ナキコトノ判断ノ一資料ト為シタリ。然レトモ被上告人ハ本訴ノ提起セラルルヤ殊更ニ運送代理店ナルモノヲ始メ明渡拒否ノ理由ヲ作為シタルモノニシテ斯ル事後ノ事情ニ依リ上告人ノ解約申入ガ正当ノ理由ナキモノト為スベキニ非ズ。原判決ニハ理由不備ノ違法アリテ破毀ヲ免レザルモノト信ズ。

第四点 原判示ニ依レハ被上告人ハ大正二年(昭和二年ノ誤記ト認メラル)以来本件家屋ニ居住シ居ルモノニシテ既ニ二三年ヲ経過シタリ。然ラバ民法第六〇四条ニ因ル賃貸借ノ存続期間二十年ヲ超エタルハ勿論前賃貸人ノ地位ヲ承継シタル上告人ハ此ノ賃貸借ノ期間ヲ更新シタルモノニ非ザルヲ以テ被上告人ノ賃貸借ハ当然終了シタルモノトス。原判決ハ此ノ事実ヲ遺忘シタルモノニシテ理由不備ノ違法アリ破毀ヲ免レズ。

第五点 原判決ハ証拠ニ依リ上告人ハ曩ニ上海ニ於テ昭和一二年二月以来大陸新報社ノ記者ヲ為シ居リタルガ終戦後昭和二一年四月三日単身内地ニ引揚ゲ其ノ後約一年余実家ノ農業ヲ営ミ居ル弟斎藤教元方ニ居リ次デ生果物商見習ノ為上告人ノ妻清子ノ兄ナル若松市博労町九八生果物商阿部井忠市方ニ於テ店ノ手伝ヲ為シ又上告人ノ家族ナル妻清子及ヒ子供等三人ハ昭和二二年三月三日引揚ゲ来リテ一時右教元方及ヒ忠市方ニ分レテ世話ニ為リタルコト、其ノ後上告人ハ独立シテ生果物商ヲ営マント思ヒタルモ若松市内ニ適当ナル借家見当ラサル為同市大町一ノ町二二生果物商佐野平八郎方ノ一室ヲ借受ケ同所ニ家族ト共ニ居住シ(同所ハ手狭ナル為長女ハ新潟市ノ親戚ノ許ニ預ケ居ルコトハ之ヲ認定セズ)上告人ハ右佐野方ノ店員ヲ為シ居ルコトヲ認定シ又証拠ニ基キ被上告人ハ曩ニ大正二年頃ヨリ本件家屋ヲ当時ノ所有者小野寺彌右衛門ヨリ借受ケ同所ニ居住シ一部ヲ店舖トシテ生果物商ヲ営ミ傍ラ梱包資材ノ販売ヲ営ミ居リ妻キヨ外一名ガ同居スル外店員四、五名ガ働キ居ルモノナルコト被上告人ハ若松市栄町ニ家屋三棟ヲ所有スル外同市内ニ他ニモ家屋一棟ヲ所有シ居ルトコロ右ノ内栄町ノ家屋ハ相良某ニ於テ料理業ヲ営ム外(相良某ハ被上告人ノ妾ニシテ被上告人ハ同所ニ起臥シ居ルコトハ殊更ニ認定判示セス)其ノ一部ニハ山田芳雄、中村正雄ノ二家族ガ居住シ居リ又同市内ノ他ノ一棟ハ約一年位明キ居リタルガ現在他ニ賃貸シ居ルコトヲ認定シタリ。

而シテ原判決ハ上告人ハ引揚者ニシテ現ニ生果物商佐野方ノ一室ヲ借受ケ家族ト共ニ之ニ居住シ右佐野方ノ店員トシテ働キ居ルモノナルガ将来独立シテ生果物商ヲ営ミ生計ノ途ヲ立ツル為少クトモ上告人ニトリ本件家屋ノ明渡ヲ必要トスル事情ハ之ヲ認ムルコトヲ得ル旨認定シナガラ一方被上告人ハ本件家屋ニ於テ従来生果物商ヲ営ミ来リタルモノニシテ而モ本件家屋ハ繁華ナル商店街ニ在リテ右商売ニ適当シ居リ他ニ適当ノ家屋ヲ見附ケ難キ現在ニ於テ右家屋ヲ明渡スコトハ大ナル損害ヲ被ルモノナルコトガ窺ハレル旨認定シ家屋ノ不足ガ顕著ナル今日ノ社会事情ノ下ニ於テハ、賃貸人ノ一方ノ事情ノミナラズ賃借人ニ於ケル家屋居住ノ必要性其ノ他ノ事情ヲ比較考慮シテ其ノ正当性ノ有無ヲ定メサルベカラズト為シ上告人ノ解約申入ノ事由ハ未タ正当ノモノト認メ難シト判断シタリ。

然レトモ原判決ハ

(一) 被上告人ハ本件家屋ノ外若松市内ニ他ニモ数棟ノ家屋ヲ有シ本件家屋ニハ妻外一人ガ居住スルニ過ギズ栄町ノ家屋ハ被上告人ノ妾宅ニシテ被上告人ハ殆ンド本件家屋ニ起臥セズ。被上告人ハ裕福且嬌奢ナル生活ヲ為シ居ルモノニシテ引揚者タル上告人ノ窮状ニ比シ霄壤ノ差異アリ。被上告人ハ本件明渡ノ請求ヲ受クルヤ急拠運送店ナルモノヲ経営シテ面目ヲ整フルノ途ヲ講ジタルガ其ノ本来ノ生果物商モ卸売ニシテ小売商ニ非ザルヲ以テ必ズシモ本件家屋ノ所在地タル繁華街ニ於テ為サザルベカラザル必要ナキモノナリ。

(二) 若松市ハ空襲等何等戦災ヲ受ケザル都市ナルニ拘ラズ、原判決ハ之ヲ看過シ恰モ東京都又ハ仙台市ノ如キ非常ナル戦災ヲ受ケ家屋払底ノ都市ト同一ト考ヘ東京地方裁判所ノ判決等ニ盲従摸倣シテ極度ニ借家法第一条ノ二ノ正当ノ事由ヲ厳格ニ解シ上告人ノ請求ヲ排斥シタルハ社会事情ニ通ゼザル机上論ニシテ其ノ失当ナルコト言ヲ俟タズ。

(三) 原判示ノ如ク上告人ハ被上告人ニ対シ本訴提起前若松簡易裁判所ニ家屋明渡ノ調停ヲ申立テタルトコロ被上告人ハ熱誠ナル調停委員ノ言ニ耳ヲ傾ケズ果ハ期日ニ出頭セザル等ノ不誠意ヲ示シタルヲ以テ上告人ハ已ムナク之カ申立ヲ取下ゲタリ。又第一審ニ於テハ記録上明ナル如ク裁判官ニ於テ屡々和解ノ勧告アリタルニ拘ラズ被上告人ハ全然誠意ヲ示サズ遂ニ不調ニ帰シタリ。斯ル信義誠実ヲ欠ク被上告人ノ如キハ民法第一条ニ反スルハ勿論借家人ノ有スル権利ヲ不法ニ濫用シタルモノトス。

果シテ然ラバ上告人ノ請求ヲ排斥シタル原判決ハ本件ノ如キ場合ニハ原被両造ノ協調的精神ノ下ニ解決スベキモノナルコトヲ忘レ社会通念即チ共同生活ニ於ケル互譲ノ理念ニ反シ借家法ニ所謂正当ノ事由ヲ誤解シタルモノニシテ、理由ヲ備ヘザル不法アリ到底破毀ヲ免レザルモノト信ズ。

第六点 上告人ハ本件家屋ノ明渡ノ請求カ理由ナキトキハ被上告人ハ本件家屋中ノ店舖ノ二分ノ一及ビ居宅ノ階下ヲ明渡スベキ旨請求シタリ。而シテ原判決ハ一部明渡ノ請求ノ不当ニ非ザルコトヲ認メナガラ本件ニ於テハ曩ニ認定シタル事情ヨリ考ヘ此ノ部分ニ付テモ解約申入ノ正当事由アルモノトハ認メラレズト判示シテ此ノ請求ヲモ排斥シタリ。然レトモ全部ノ請求ガ不当ナレバトテ其ノ理由ヲ以テ一部ノ請求ヲモ直ニ不当ト為スベキニ非ザルハ理論上当然ナリ。右店舖ハ間口四間半奥行一間半ニシテ其ノ二分ノ一ヲ明渡スモ前述ノ事情ニシテ被上告人ノ営業ニ支障ヲ生ズルモノニ非ズ。右居宅ハ階上六畳、四畳半、四畳ノ三間、階下十畳二間ニシテ被上告人ガ上告人ニ対シ階下ノ二間ヲ明渡スモ小家族ナル被上告人殊ニ妾宅ニ起臥スル被上告人ニトリ何等不都合ナキモノト言ハザルベカラズ。原判決ハ何等理由ヲ示スコトナク此ノ部分ノ請求ヲモ排斥シタルハ審理不尽理由不備ノ不法アルモノニシテ破毀ヲ免レザルモノト信ズ。

以上

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